海外留学する日本人が漸減していることは前のブログに書いた。一方日本への留学生は’07〜’11の5年間(日本語教育機関)では、31,663〜34,937〜42,651〜43,669と順調に増えていたが、’11年には33,122に激減した。 ただASEANからは年々増えているのは嬉しい。
週末にM&M日本語学校で常務会(的なもの)を開いて今後の対応を協議した。というのも、当校は定員1,200名(大阪660、東京540)と日本一であるが、大阪は定員オーバーなのに東京は約半分になっている。
最も大きな原因は「原発事故」であり、一人っ子の中国人に一時帰国が多く見られる。学生数の双璧である韓国人の場合は円高=ウォン安の影響を諸に受けている。通貨対策の遅れが中小企業を苦しめている一例がこんな所にも顕われている。
今回の会議は学生数の減少に歯止めをかける対策協議もあったが、メインは「学校法人化」の是非についてであった。これは以前から日本語振興協会から勧められていた。当社のような株式会社形式の学校は ”官の統制” を受けないので成長率が速い。そんな訳もあってか国から随分イジメに会ってきた。
学法化する場合、所有資産を無借金状態で全てを国へ寄付せねばならない。東京は賃貸に入っているが、当該物件に抵当権など第三者権利があれば抹消してもらわねばならないし、20年の長期賃貸契約に更新してもらう必要もある。こんな条件で貸してくれるのは大手不動産会社以外にない。此処でも官民権力の癒着を感じてしまう。
大阪は自社ビルで日本橋にあり、土地178坪、建物1,270坪(地下1階・地上9階)と時価ソコソコであるが、銀行借入が約3億円ある。不動産評価は十分と思われるが、箕面にある会長自宅(土地400坪)まで共同担保に取る念の入れようである。この借金をゼロにするには会長自宅を処分するほかない。
それでも何とか学法化をしようというのには訳がある。先ずイジメがウンと減る。それよりも大事なことが三つある。それは(1)消費税が免除される (2)固定資産税が免除される (3)学生に学割定期券を出せる であり、経営上のメリットも大きい。とりわけ(1)が喫緊の課題になっているので急がねばならない。
所有資産を処分せずに学法化する ”ウルトラC” は既に頭の中に出来上がっている。40年余で蓄積してきた悪?知恵と多少の政治力が必要だが・・・。
役人の藁人形に五寸釘 〜〜〜 でも打ってやるか!?
「量子医学」なるものがあることを知る人はそう多くあるまい。これはソ連の宇宙飛行士が帰還した時の身体検査用に開発されたそうで、ソ連崩壊後フランス経由でアメリカに渡り改良が加えられて今日に至っているという。その装置がいま日本には2ヶ所あり、そのうちの1ヶ所へ行く機会を得た。
これは電子波を身体に当てて悪い部分を検査し、その部分に同じく電子波を照射して、癌など悪い細胞を死滅させ、良い細胞を活性化させるという治療法である。
初日に検査と治療を受けたが、治療前の身体の立体映像は全身悪いところだらけであった。要注意の部分は黄色になり、悪いところは緑色になる。因みに私の場合、黄色は肺臓・心臓・大腸・足部血管など、緑色は肝臓・胃・腎臓で、従来医学で判明している通りの結果が出た。前立腺が無印だったのは永年の鍛錬のお蔭か・・・?
治療後に同じ検査をして治療の前後を比較してくれた。前はカラーたっぷりだったのが後はモノクロに変わっておったのには驚いた。お医者殿はそれを治療の結果だと数値を対比しながら説明して下された。
永年多くの医師と付き合ってきて "酒や煙草を止めろ!" というのには慣れていたが、此のお医者は酒や煙草の嗜み方を教えてくれるという変わった御仁であった。好きなものは止められないことをよくご承知である。
私の場合 ”煙草はふかす程度に!” 、”酒は熱いお茶をチェイサーにして呑め!” と宣うた。今日は焼酎を2合も呑めなかったし、煙草は僅か6本である。身体が欲しがらないのが不思議である。そして何よりも昨夜は12時間たっぷり眠れた。たった二日間の治療で二十歳の青年に戻った気分である。
周りを見回すとこういう治療を受けてほしい人達が随分居る。とりわけ現代医学の信奉者で肺気腫や動脈瘤術後の痛みでノタウチまわっている畏友・k兄などは引きずってでも連れていきたい。
現代医学は検査と投薬をする丈で問診や触診をする医師は皆無に近い。1時間待たされて3分治療では無理からぬことかもしれない。漢方治療は副作用は少ないが時間がかかり過ぎる。
いずれにしても、日頃我々がお世話になっている医療には大きく欠けているものがある。”病は気から” と言われるのに、気(霊と言ってもよい)の部分を疎かにしているように思えてならない。私の主治医は並みの医者と同様の検査や治療もするが、問診と触診にも十分時間を割き、投薬も最低必要限しかしない。ところがあまり ”はやっていない” のが不思議である。
医療費が増えるから消費税を上げるというが、治療する側の責任ばかりとはいえまい。1割負担を幸いと待合室を社交場に使ったり、投薬量が多いのを名医と思っている爺婆も大いに反省せねばなるまい。
来ぬ人を病気なのかと心配し ・・・ 病院の待合室では困りますわなぁ〜
「ニート」(NEET=Not in Employment,Education or Training )と呼ばれ、就業、就学、職業訓練のいずれもしない若者が益々増えているという。これは本人にも問題もあろうが、社会全体の問題でもあろう。
あまりにも可哀想と思ったのか、大阪府がニートではマイナスイメージが強いので、これを「レイブル」と呼んで応援を始めているという。 レイトブルーマーの略で、”遅咲き” とか ”大器晩成” を意味するらしい。 府では梅田駅などでポスターを張り出していると聞くが、未だお目にかかっていない。
厚労省の’07年調査ではニートは全国で63万3千人居ったそうで、大阪府は東京に次いで2番目の約5万5千人居たらしい。その後の東京と大阪の経済力は益々広がっており、いまや一番になっているかもしれない。
”職が無くて働けない” 者までニートと一括りして、怠け者のイメージを付けているのは可哀想である。さりとてハローワークなどでは買手市場で仲々仕事にありつけない。 また何よりも職員の態度の横柄さに辟易する。尤も求人に行くと ”下にも置かぬ” 対応をしてくれる。”百聞は一見に然かず” 一度行ったら分る。
そこで府は地域のサポートセンターや就労支援NPO法人のバックアップをするほか、「大阪ニート100人会議」を開催してニート経験者や当事者らに ”どうすれば働けるか” の意見交換をしているそうな。 これも最近漸くアシモトを見出した橋下の発想だろうが、動くのは国家と地方の差はあれ役人である。ハローワークのようにならないことを願っている。
こんなチマチマしたことをやるより、ODA予算で海外青年協力隊を拡充し、世界中の困っている国へ派遣する方が遥かに良い。 その為に語学や専門知識・技術を勉強できるし、相手国からも喜ばれる。国際結婚も増えて少子高齢化対策にもなる。 ODAの金が末端へ辿り付くまでに多くが中間搾取されている現状も打破できる。 100万人くらいの雇用創出は簡単だろう。 また外務省のやっている外交より遥かに効率も良いと思う。
奈落まで行って気が付く平和ボケ ・・・・・ では困りますわなぁ〜
寒中お見舞い申し上げます 平成24年1月吉日
昨年七月、兄・恵三が「74歳で逝去しましたので年賀
のご挨拶を失礼いたしました。少々早い旅立ちでしたが、
美事なピンピンポックリでございました。
善人の順に消えてる住所録
今年はビジネス人生の集大成を果たしたく、最後のひと
暴れをする覚悟です。
何卒倍旧のご指導ご支援をお願い申し上げます。
坂の上の雲眺めてた丈で古稀
(メッセージ・・・手書き)
「 ぼけたらあかん、長生きしなはれ 1〜6 」
上記は今年の松の内が明けてから出す寒中見舞いである。此のブログを読んで頂いている方の多くには近々現物が届く筈である。喪中で年賀を欠礼したのは、親父(1907年生まれ〜76年没)が亡くなった時から35年ぶりになる。
下手をすると年末に98歳のお袋も逝くかもしれなかったので、喪中ハガキは出さずに失礼した。幸いお袋は食欲旺盛でピンピンしており、此方が先立つかもしれない。胃に静脈瘤を飼っているので、いつ何時か判らない。
それでも今年に入ってからも飲みっ放しである。今週は中ほどに2日間、東京と千葉へ出張してきた。 母校ボート部の河川敷使用の要件で永田町と霞ヶ関へ行ったあと、東京方面に居る昔の仲間が集まって痛飲した。二日目は木更津の山奥の工場までバスで赴いた。初めて訪問する会社だったが、車中で飲んだのは勿論、帰途もシッカリきこし召した。
二日出かけると前後二日間は超多忙になる。酒の力を借りぬとやってられない。この土日もグビグビやりながら、寒中見舞いのメッセージ書きになる。これが絶筆になるかもしれないので心を込めて書こう!
辞世の句詠み遺言も書いたけど 〜〜〜 案外生命保険になってるのるかも ・・・
水木しげる氏には「ゲゲゲの女房」が居られたし、松下幸之助氏には「神様の女房」が居られた。文藝と実業の違いはあるが、お二方とも創業時代から ”内助の効” に助けられたようだ。
翻って我が家。狩猟民族の亭主と農耕民族の女房が上手く住み分けてきたつもりだが、金婚式を間近に控えて振り返ってみると、「風天の女房」というのが当たっているように思う。寅さんにはサクラというブレーキがあったが、私には無かった。
結婚4年目に独立起業したが、収入の目処は全くなかった。船場のコイさんだったらしい家内は鷹揚なもので、何一つ文句を言わず付いて来た。創業時には現金が840円しか無い日があったという。
神のご加護か創業2年目(昭和46年)には月給2百万円(同年代の年収以上)を頂ける身分になっており、糟糠の妻はせっせっと貯金に励んでいたようだ。その溜め込んだ金を誰かが借りにくる度に転貸し、家内への借金は昨年末で5億円を超えてしまった。申し訳ないが返せる目処は全くない。
大企業の社員で外出先を聞かれて ”アチコチブラブラ” と答えてた豪快な奴がいた。出世はしなかったが、面白い男だった。彼の奥方もウチの女房と同様に「風天の女房」といえると懐かしく思い出す。
良妻と外では言っているけれど
妻の影踏まないようにカート押す 〜 やれやれ、疲れますワイな ・・・
年始の初FAXに「光の風」さんとやらのメッセージがあった。平成とは ”一・い、八・わ、十・と、成・なる” = ”岩戸なる” との書き出しで、今年「六白金星」の年は世界各国の政治が大きく変わるとあった。その他に私個人には「印税収入」で生涯豊かに暮らせるスタートの年と書いてくれていた。
印税を貰うためには本を書かねばならない。このブログも460回程になっており、これから月に7個ほど書くと今年6月で丸4年の500回になる。こ奴をベースにボツボツ執筆活動に精を出そうかと欲が出初めている。
金持ちの認知症だけ世話をする 〜〜〜 そんな日のために金が要るかも ・・・?